【祈る理由②】5分で聖書のポイントが分かるシリーズ

私たちは前回、神様にお祈りする第一の理由について考えてみました。
なぜ私たちが祈るのかというと、神様と対話するためでした。
神様と交わるためです。
神様が好きだから対話がうまれるのです。
そこに真の満足があり、幸福があるから対話するのです。
その方は私たちの天の父です。幼い子供がお母さんに抱かれるように、
クリスチャンは自分に必要な何かを得るために祈るのではなく、
神様が私たちの父だから祈るのです。
神様は私たちの必要をすでにご存じです。
マタイ6:7、8を読んでみましょう。
また、祈る場合、異邦人のように、くどくどと祈るな。
マタイによる福音書 6章 7・8節
彼らは言葉かずが多ければ、聞きいれられるものと思っている。
だから、彼らのまねをするな。
あなたがたの父なる神は、求めない先から、
あなたがたに必要なものはご存じなのである。
私たちが祈らなければならない2番目の理由は、神様に似るために祈るのです。
祈る者たちだけが、天の御国に入る品性を得る特権が与えられます。
神様に似る霊的な経験が与えられるのです。
どれほど重要なことでしょう。
祈りを通して神様の雰囲気の中に入ります。
霊的な影響を受けましょう。
私たちは、天に属するクリスチャンとして生きるには
ふさわしくない雰囲気の中で暮らしているからです。
ところでダイビングをする時、水の中に入る時には酸素ボンベを背負います。
どうしてかは、ご存じですね?
それは、息ができない所へ行くからです。
人間が生きられない水の中に飛び込むためには酸素が必要です。
同じように、私たちは毎日神様の霊的な呼吸が必要なのです。
クリスチャンは、クリスチャンとして生きていくには、あまりに適さない世の中に住んでいます。
ですから私たちには、天の雰囲気と天の呼吸、天の酸素が必要なのです。
それで祈るのです。
三つ目の理由は、神様のみ心を知るためです。
私たちが望むものを得るためではなく、神様が望まれることを知るために祈るのです。
自分の思うとおり勝手にするためではなく、神様のみ心を理解するために祈ります。
自分の考えのままではなく、神様の御心に従うために祈るのです。
主のみ心を変えようとしないで、私たちの心が変わることを願って下さい。
私たちが神様を引き下ろすのではなく、私たちが神様のもとへいくことがお祈りです。
神様は私たちの最善をご存知の方です。
自分の願い通りにしてほしいとだけ願ってはいけません。
多くの場合私たちの要求は利己的なことがあります。
また、何が最善なのか分からない事が多いのです。
ですから、御心に従えるようにと祈る事を学ぶべきです。
私たちは神様の導きを受け入れる方法を、祈りによって学ぶべきです。
艱難に打ち勝つ信仰を学ぶべきです。
そのために主は「みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように」と祈るように教えて下さったのです。
私たちは神様の御心に生きることを学ぶべきです。
それが真のクリスチャンです。
それが祈ることです。
それは聖書を研究することと、祈りを通して学ぶことができます。
使徒パウロはどれ程たくさん艱難を受けたでしょうか?
しかし、パウロのその苦難を通して、神様の御心がどれほど大きく成し遂げられたでしょうか?
私たちは神様を信頼する方法を学ばなければなりません。
神様の御心に生きることを、決心しなければなりません。
そして祈りによって、神様の霊的な空気を吸い、天の雰囲気のなかで、生きる必要があります。
私達が、正しい心で祈ることができるように、
そのような祈りをささげる事ができますようにと、祈ること、
そのこと自体を祈る必要があるのではないでしょうか?