【創世記16講】敵キリストの外典、プロテスタントが外典を見ない理由
聖書の歴史と神様の摂理――新旧約中間史と外典から読み解く真理
聖書を読んでいると、「旧約聖書の終わりから新約聖書の始まりまでの間には、一体何があったのだろうか」と疑問に思ったことはないでしょうか。
旧約の最後の書であるマラキ書から、新約のマタイによる福音書までの約400年間。聖書には直接記録されていないこの「新旧約中間史」と呼ばれる時代に、世界は大きく動き、新約聖書の背景となる重要な出来事やグループが次々と登場しました。
今回の創世記シリーズ第16講では、「敵キリストの外典、プロテスタントが外典を見ない理由」というテーマを通し、中間史の歴史的背景と、外典をめぐるプロテスタントとカトリックの信仰の違いについて深く掘り下げていきます。
プロテスタントが外典を正典として認めない理由や、ルターが命がけで行った宗教改革の原点である「聖書のみ(ソラ・スクリプトゥラ)」のスローガンに込められた真実。そして、なぜイエス様や使徒たちが外典を聖書として引用しなかったのかという疑問について、聖書的・神学的な根拠に基づいて分かりやすく解説しています。
また、旧約時代には登場しなかったパリサイ派やサドカイ派がどのようにして誕生し、権力闘争の中でどのように変質していったのか、その歴史的事実にも迫ります。互いに争い合っていた彼らが、最終的にイエス・キリストを十字架につけるために一つになってしまった歴史の皮肉は、現代を生きる私たちの心にも強い警告を与えてくれます。
一見すると神様の介入が見えない暗黒の400年間や、人間の野心と愚かさが渦巻く歴史の裏側でも、神様の摂理は寸分の狂いもなく働いていました。ギリシャ語への聖書翻訳(70人訳聖書)や印刷技術の発達など、時代を超えて真理が守られ、全世界へ広まっていくための神様の壮大な計画と深い御心を学ぶことができます。
この世の波に飲み込まれそうになるとき、私たちはどのようにして聖書的な価値観を持ち、信仰を守り抜くべきでしょうか。
本動画を通して、聖書の歴史的な背景に対する理解がより一層深まり、激動の時代の中でも変わらない神様の真理に立ち立つための豊かな霊的糧を得ていただければ幸いです。