【創世記21講】善悪の果実を食べるとどうなるのか
「なぜ神様は、エデンの園に善悪を知る木を置かれたのでしょうか?」
また、神様は「その実を食べると必ず死ぬ」と警告されましたが、アダムとエバはその実を食べた後も、すぐに肉体的に死んだわけではありません。
では、善悪を知る木とは何だったのか。
そして、神様が語られた「死」とは何を意味していたのでしょうか。
今回の創世記シリーズでは、「エデンの園」と「善悪を知る木」をテーマに、創世記2章・3章に描かれた人類の堕落と、そこから見えてくる霊的な教訓について学んでいきます。
まず注目するのは、創世記2章に登場するエデンの園です。
聖書には、エデンから一つの川が流れ出し、そこからピソン、ギホン、ヒデケル、ユーフラテスという4つの川に分かれていったことが記されています。
本講では、この4つの川について、それぞれが持つ霊的な意味を考えながら、神様の恵みや聖霊の働き、御言葉による導き、そして信仰生活における実りについて掘り下げていきます。
そして後半では、善悪を知る木の実とは何だったのか、という創世記を理解するうえで重要なテーマを扱います。
大切なのは、木の実そのものに不思議な能力があったということではありません。
問題となったのは、神様が「食べてはならない」と命じられたものを、人間が自らの意志で食べたことでした。
蛇はエバに対して、それを食べれば神のようになり、善悪を知るようになると誘惑します。
そこには、単なる一つの命令への違反だけではなく、何が善で何が悪なのかを決める神様の領域に、人間自身が踏み込もうとする問題がありました。
神様を信頼し、その御言葉に従って生きるのではなく、自分自身が善悪の基準になろうとしたことによって、人間は神様との正しい関係を失っていきます。
また、神様はアダムに対して、善悪を知る木の実を食べれば「必ず死ぬ」と警告されていました。
しかし、アダムとエバは木の実を食べた瞬間に肉体的に死亡したわけではありません。
本講では、この「死」を、その場で肉体が死ぬという意味だけではなく、神様との分離という霊的な死、そして最終的に肉体の死へと至る死の宣告という視点から読み解いていきます。
さらに今回は、ジョン・ミルトンの文学作品『失楽園』にも触れながら、アダムとエバの選択が持っていた意味について考えていきます。
エデンの園の物語は、遠い昔に起こった出来事を伝えるだけの物語ではありません。
神様の言葉を信頼するのか。
それとも、自分自身を善悪の基準とするのか。
創世記3章で人間に突きつけられたこの問いは、現代を生きる私たちにも深く関わっています。
エデンの園とは何だったのか。
善悪を知る木はなぜ置かれたのか。
そして、人間はなぜ罪と死の世界へ入ってしまったのか。
創世記に描かれた人類最初の物語から、神様と共に生きることの意味を改めて考えていきます。
創世記を初めて学ぶ方にも、これまで何度も読んできた方にも、ぜひ観ていただきたい内容です。