【おやすみ前の聖書】22_会いたくて

お休み前の聖書
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【おやすみ前の聖書】22_会いたくて         2020.04.20

【おやすみ前の聖書】22_会いたくて

皆さん、こんばんは。昨日は、娘がずっと家にいるので、太陽に少しでもあててあげようと、バギーに乗せて近くの公園まで行きました。季節は、すっかり新緑の季節になっているのを感じました。

それぞれの木には、それぞれの形、それぞれの葉っぱ、それぞれの色。緑といっても、これほど沢山の種類の緑があるのかと感動しました。

散歩には娘と二人っきりで行ったのですが、帰りがけに娘がぐずりはじめました。

どうやら、近くに母親がいないことに寂しさを感じ始めたようで、「マママママママー」と

泣き始めたのです。こうなると、手をつけることができません。急いで、バギーを押しながら、家まで帰りました。

娘を見ると顔が涙でぐちゃぐちゃになっていました。娘にとって、母親と一緒にいないことは、これほどの悲しみをもたらすのです。

一緒にいたいという願いは、愛の別名かもしれません。はからずも、私が母親から娘を引き離したために、彼女の心は、張り裂けそうだったわけです。

神様も、私達と一緒にいることを何よりも、望んでくださっています。この世界の全ての美しい自然を私達の心を喜ばすために造り、最後には安息日という時間を創造して、私達と交わりを持とうとしてくださったのです。しかし、その交わりは、罪というものによって、

失われてしまいました。

ですから、イエス様は、この罪を世界から滅ぼして、もう一度、私達が神様と交われることができるようにこの地に来てくださいました。もう一度、私達と一緒にいるためなら、イエス様は、ご自分の命さえ惜しくないと思われ、どんな屈辱も、どんな心の痛みをも受けようとされました。

天の神様にとって、私たちのいない天国は、天国ではありません。私にとって、妻や娘のいない家は、家でないように、神様にとって、私達のいない天国など、天国ではないのです。

私達親が、子供に抱く愛の比ではない愛をもって、神様は私達を愛されています。

神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。

それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。

ヨハネ3:16

今日は、一日雨が降っています。その雨の一粒一粒は、私達と一緒に天国で暮らしたいと願っておられるのに、私達が神様に背を向けているために、神様が流される涙のような気がしてしまいます。

私達が信じても信じなくても、私達の命は神様から与えられていて、その神様は私達を無条件の愛で愛してくださっています。そして、張り裂けるような心の痛みをもって、私達を救おうと今日も願って泣き続きておられるのです。

この番組をお聞きの方が、この神様を認め、一緒に本当の故郷を目指していただくことが、

私の唯一の願いです。

また、この時間にお会いしましょう。

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