【おやすみ前の聖書】03_心に嵐吹く夜は

お休み前の聖書
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【おやすみ前の聖書】03_心に嵐吹く夜は      2020.03.16

【おやすみ前の聖書】03_心に嵐吹く夜は

皆さん、こんばんは。前回の放送で、だんだん暖かくなってきましたね。春を感じますねと、お話しした次の日に、雪が降りました。天気というのは、本当に分からないものです。私の場合、洗車をすると数時間後に雨が降ってきたり、雨が降ってきて傘がない時にコンビニで傘を買うと、すぐに雨が止むということがよくあります。これほど、科学技術が発達しても、天気というものをコントロールすることは、出来ないものです。

しかし、聖書を読むと、自然界をも支配することの出来る方がでてきます。それが、イエス様です。マルコによる福音書4章35節から41節です。

さてその日、夕方になると、イエスは弟子たちに、「向こう岸へ渡ろう」と言われた。そこで、彼らは群衆をあとに残し、イエスが舟に乗っておられるまま、乗り出した。ほかの舟も一緒に行った。すると、激しい突風が起り、波が舟の中に打ち込んできて、舟に満ちそうになった。ところが、イエス自身は、舳の方でまくらをして、眠っておられた。そこで、弟子たちはイエスをおこして、「先生、わたしどもがおぼれ死んでも、おかまいにならないのですか」と言った。イエスは起きあがって風をしかり、海にむかって、「静まれ、黙れ」と言われると、風はやんで、大なぎになった。イエスは彼らに言われた、「なぜ、そんなにこわがるのか。どうして信仰がないのか」。彼らは恐れおののいて、互に言った、「いったい、この方はだれだろう。風も海も従わせるとは」

マルコ4:35-41

突然の突風にあおられた弟子たちは、死に物狂いでオールを漕いでいたのでしょう。しかし、そのことに夢中で、弟子たちは、イエス様を忘れていました。漁師出身の弟子たちが多かったため、船の扱いには自信があったからです。しかし、いよいよどうにもならなくなって、弟子たちはイエス様に、助けを求めます。同じ話をマタイも記録していて、そこを見ると、

「主よ、お助けください、わたしたちは死にそうです」(マタイ 8:25)と叫んでいます。

弟子たちとは対照的に、イエス様は船の後ろで休まれていたとあります。それほどの嵐のなかで、イエス様は、何故、休むことができたのでしょうか?それは、天の父なる神様を完全に信頼していたからです。信頼とは、その対象がどのような方なのかによって、その強さが変わります。イエス様が信頼されたのは、世界の全てを創造された神様、人類歴史の全てを支配されるほどに偉大な神様、そして、人類ひとりひとりを限りない愛をもって愛してくだっている神様です。イエス様は、父なる神様の御心をいつも行い、完全な信頼を寄せられていたので、どのような状況にも平安な気持ちでおられたのです。

私達の心も、忙しさとすべきことの多さ、色々な困難、自分の弱さなどにとらわれて、心に嵐が吹くことがあります。

しかし、そのような時、弟子たちがしたように、「主よ、お助けください、わたしは死にそうです」と叫ぶなら、イエス様は、必ず、「静まれ、黙れ」と私達の心を静めてくださる方なのです。すべてを支配しておられるイエス様を疑う必要はありません。

皆さんは、悲しいことなどがあると、相談に乗ってくれる友人がいますか?その友人の声を聞くだけで安心するような、そんな人が身近にいらっしゃいますか?

イエス様は、嵐を鎮めるだけでなく、私達の心も、静めてくださる方です。多くの人が、またクリスチャンであっても、活動主義の罠にはまっています。もちろん、主のために奉仕をすることは、よいことです。しかし、静かに神様の御声を聞く時間、聖書を研究したり、お祈りをする時間を亡くしてしまうなら、私達の心にも突風が吹くことになってしまいます。

そのような時は、すぐにその事実に気づいて、イエス様に「主よ、お助けください」と叫んでいただきたいと思います。イエス様は、全ての権威をもつ方、自然をも支配される方です。この方に、私達の人生の舵を委ねてください。そうするならば、次の聖句が皆さんの経験となるでしょう。

彼らはその悩みのうちに主に呼ばわったので、主は彼らをその悩みから救い出された。主があらしを静められると、海の波は穏やかになった。こうして彼らは波の静まったのを喜び、主は彼らをその望む港へ導かれた。

詩篇107:28-31

どうか、彼らが主のいつくしみと、人の子らになされたくすしきみわざとのために、主に感謝するように。

また、『おやすみ前の聖書』の時間にお会いしましょう。

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