【この日を神と共に】⑤ 神なるあなたはわたしを見られる

この日を神と共に
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神なるあなたはわたしを見られる


「そして、神のみまえには、あらわでない被造物はひとつもなく、すべてのものは、 神の目には裸であり、あらわにされているのである。この神に対して、わたしたち は言い開きをしなくてはならない。」

(へブル4:13)


真理の勝利は働き人たちが、どこでも神の永続的なご臨在を自覚しているときにのみ可能である。彼らは家庭生活または人々の間におけるすべての言葉、すべての取引への忠実な証人がおられることを常に悟るべきである。考案されたすべての計画、なされたすべての努力においてキリストが導かれるべきである。すべての会議において教会員達は幕が取り除かれているかのように、また自分たちが全宇宙の面前で働きの取引をしているのを見ているかのように話し、行動すべきである。なぜならこの場合は事実なのだから。全天は働き人に目を注いでいる。活動的戦いのために計画するにあたり、自己が目立つことがないようにしよう。
それはキリストのうちに隠され、完全に隠されなければならない。……
ふるわれることができるものはすべてふるわれ、ふるわれることができないものだけが残る。主は分かたれていない愛情をわたしたちに求められる。もし人が真心でなければ、彼らはテストと試みと試練の日に失格者となる。敵が全軍をあげて彼に敵対するとき、戦闘が激しくなっていくように見えるとき、敵に反撃するための知力と能力のすべての力と、賢い指導力のすべての機転が必要とされるとき、本心ではない者たちは自分たちの武器を自分自身の兵士に対して向けるのである。彼ら
は戦いのために強くするべき手を弱める。神は彼らがもろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊によって激しく圧迫されるとき、主の戦いを戦う頼りとすることができるかを見るために、神は真理の知識を持っているすべての者たちを試みられている。

危険な時代はわたしたちの前にあり、わたしたちの唯一の安全はこのお方の御心を行うために自分自身をこのお方にまったく屈服させ、このお方のみ顔の輝きのうちに歩むことによって(ペテロ第一2:9)、日毎に神の改心させる力を持つことにある。わたしたちが契約の地の境界線にいる今、だれも不忠実な斥候の罪を繰り返さないようにしよう。彼らは自分たちが登って行った地が良い地であることを認めたが、彼らはそこの住人は強く、巨人がそこにいて、比べると自分たちはイナゴのように彼らの目にも自分たちの目にも見えたことを宣言した。すべての困難は克服することのできない障害物へと誇張された。……このように彼らは自分たちの疑いによって会衆全体に影響を及ぼした。(原稿6, 1892 年1 月5 日、「キリストの隊列で働く」)

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