【恐れるな、小さい群れよ】① イエス・キリストとはだれか

恐れるな、小さい群れよ
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イエス・キリストとはだれか

「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神 と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。……そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、 めぐみとまこととに満ちていた。」(ヨハネ1:1–3, 14)

言は神聖な存在として、しかも永遠の神の御子として、その御父と一致し、また一つであるお方として存在しておられた。永遠の昔から、このお方は契約の仲保者であられ、地上のすべての国家、すなわちユダヤ人も異邦人もこのお方を受け入れるならば、このお方のうちに祝福されるのであった。「言は神と共にあった。言は神であった」(ヨハネ1:1)。

人や天使が創造される前から、言は神と共にあり、言は神で
あった。世は彼によって造られた、「できたもののうち、一つとしてこれ(彼)によらないものはなかった」(3 節)。もしキリストが万物を造られたのであれば、万物の前にこのお方は存在しておられたのである。これに関して語られた言葉は非常に決定的で、だれも疑いのうちに取り残される必要はない。キリストは本質的に、また最高の意味
において神であられた。このお方は永遠の昔から神と共におられ、万物の上にいます神であり、とこしえにほむべきかたであった。


主イエス・キリスト、聖なる神の御子は、永遠から存在しておられ、個別の人格を持ったお方でありながら、御父と一つであられた。このお方は卓越した天の栄光であられた。このお方は天の知的存在者たちの司令官であられ、ご自分の権利として御使たちの崇拝する敬意をお受けになった。……神がこのように肉において表されたことは実に神秘である。そして聖霊の助けがなくては、この主題を理解することは望みえないのである。(サインズ・オブ・タイムズ1899 年4 月26 日)


どれほど理由を挙げて説明しても、世の創造のなぞや理由を語ることはできない。それは、創造の偉大な力を信じる信仰によってのみ理解されるのである。信仰によって、わたしたちはイエス・キリストを通して働く力強い神の創造の力を信じなければならない。(ウォッチマン1902 年4 月24 日)天の会議で任命されたお方が、地に教師として来られた。このお方は世の創造主、無限の神の御子に他ならなかった。神の豊かな慈愛がこのお方をわたしたちの世に与えて下さったのである。そして、人類の必要に応えるために、このお方は人の性質をおとりになった。天の万軍が驚嘆したことに、このお方はこの地上を永遠の言として歩まれた。……

神の過度のいつくしみ深さ、慈愛、そして愛、また実感することはできるが、語ることのできない恵みは、世にとって驚きであった。(教育に関する特別な証173, 174)

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