【聖句から学ぶ聖書】上級編 第2課 聖書を探求する

聖句から学ぶ聖書
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第2課 聖書を探求する

1.キリストはその当時の人々に聖書について何と言われましたか?

あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである(ヨハネ5:39)。

この言葉をキリストが語られたとき、新約聖書のことを言われたのではありません。それはユダヤ人が永遠の命の言葉として信じていた旧約聖書を指して言われたのです。彼らはイエスをメシヤとして受け入れませんでしたが、イエス様は、彼らが尊重していた、まさにその本がご自分を証ししていると言われました。このように旧約聖書はキリストを指しているのですから、私たちは旧約聖書を注意深く研究する価値があるのです。

2.聖書は旧約聖書の時代にも福音が伝えられていたことを教えていますか?

「聖書は、神が異邦人を信仰によって義とされることを、あらかじめ知って、アブラハムに、『あなたによって、すべての国民は祝福されるであろう』との良い知らせを、予告したのである」(ガラテヤ3:8)。

アブラハムがキリストの到来を見て喜んだのは、福音(信仰)を介してでした(ヨハネ8:56参照)。先祖の時代に生きていたすべての忠実な人たちも同じでした。彼らは犠牲制度と祈りの生活によって福音の実際的な知識を持っていました。

3.聖書には昔の制度の下でユダヤ人たちが福音を伝えた証拠がありますか?

「というのは、彼らと同じく、わたしたちにも福音が伝えられているのである。しかし、その聞いた御言は、彼らには無益であった。それが、聞いた者たちに、信仰によって結びつけられなかったからである」(ヘブル4:2)

ここで 「彼ら」と呼ばれた人々は、エジプトの地から約束の地への旅行中に、聖書の福音を伝えられた人々でした。パウロは彼らと同様に、私たちにも福音が伝えられたと言います。「彼ら」が最初だったのです。それから、私たちも福音を聞くようになりました。

4.なぜモーセはエジプトの富を放棄することができましたか?

「キリストのゆえに受けるそしりを、エジプトの宝にまさる富と考えた。それは、彼が報いを望み見ていたからである。」(ヘブル11:26)。

その時代の人々も、今日と同じように、世俗を放棄する時に与えられるキリストの富の豊かさを望んでいました。

5.荒野にいる間、イスラエル人の精神的な食物はどこから来ましたか?

みな雲の中、海の中で、モーセにつくバプテスマを受けた。また同じ霊の食物を食べ、みな同じ霊の飲み物を飲んだ。すなわち、彼らについてきた霊の岩から飲んだのであるが、この岩はキリストにほかならない」(1コリント10:2-4)。

6.預言者や使徒たちの信仰の土台は何でしたか。

「またあなたがたは、使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられたものであって、キリスト・イエスご自身が隅のかしら石である」(エペソ2:20)。

7.エチオピヤ人の大臣が、聖書のどの部分を読んでいることをピリポは聞きましたか?

そこでピリポが駆けて行くと、預言者イザヤの書を読んでいるその人の声が聞えたので、『あなたは、読んでいることが、おわかりですか』と尋ねた」(使徒行伝8:30)。

8.大臣は、読んでいることを理解できるかと聞かれたとき、何と答えましたか?

「『彼はだれかが、手びきをしてくれなければ、どうしてわかりましょう』と答えた。そして馬車に乗って一緒にすわるようにと、ピリポにすすめた」(使徒行伝8:31)。

9.そこでピリポは何をしましたか?

「そこでピリポは口を開き、この聖句から説き起して、イエスのことを宣べ伝えた」(使徒行伝8:35)。

イエス様は旧約聖書を引用してご自分のことを明らかにされましたが、ユダヤ人たちはイエス様をメシヤと認めませんでした。しかし、新約聖書は旧約聖書を土台としており、旧約聖書は新約聖書によって成就したのです。ですから、旧約と新約を一緒に学ぶことは救いの計画を知るうえでとても大切なことです。

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