【聖句から学ぶ聖書】第44課 第一の御使のメッセージ[審判の時を知らせる]

聖句から学ぶ聖書
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第44課 第一の御使のメッセージ[審判の時を知らせる]

≪そのメッセージの性格と時≫

1.審判に対するどのような預言的な光景がダニエルに与えられましたか?

わたしが見ていると、もろもろのみ座が設けられて、日の老いたる者が座しておられた。その衣は雪のように白く、頭の毛は混じりもののない羊の毛のようであった。そのみ座は火の炎であり、その車輪は燃える火であった。彼の前から、ひと筋の火の流れが出てきた。彼に仕える者は千々、彼の前にはべる者は万々、審判を行う者はその席に着き、かずかずの書き物が開かれた。

ダニエル書7:9,10

2.神様は審判が行われることについてどのような確証を与えられましたか?

神は、義をもってこの世界をさばくためその日を定め、お選びになったかたによってそれをなし遂げようとされている。すなわち、このかたを死人の中からよみがえらせ、その確証をすべての人に示されたのである。

使徒行伝17:31

3.審判の時が到来したことがなぜ永遠の福音と言われていますか?

わたしは、もうひとりの御使が中空を飛ぶのを見た。彼は地に住む者、すなわち、あらゆる国民、部族、国語、民族に宣べ伝えるために、永遠の福音をたずさえてきて、大声で言った、「神をおそれ、神に栄光を帰せよ。神のさばきの時がきたからである。天と地と海と水の源とを造られたかたを、伏し拝め」。

ヨハネの黙示録14:6,7

4.審判の時の到来はどれほど広く宣べ伝えなければなりませんか?

わたしは、もうひとりの御使が中空を飛ぶのを見た。彼は地に住む者、すなわち、あらゆる国民、部族、国語、民族に宣べ伝えるために、永遠の福音をたずさえてきて-

ヨハネの黙示録14:6

5.全世界の人々はどのようにしなければなりませんか?

神をおそれ、神に栄光を帰せよ。

ヨハネの黙示録14:7

6.このようにしなければならない特別な理由と誰を伏し拝みなさいという要請を受けますか?

神のさばきの時がきたからである。天と地と海と水の源とを造られたかたを、伏し拝め。

ヨハネの黙示録14:7

ノート: 最初にエデンの園で発表され(創世記3:15)、アブラハム(ガラテヤ人への手紙3:8)とイスラエルの子孫(へブル人への手紙4:1,2)に伝えられ、あらゆる世代に宣べ伝えられた、ただ一つの福音があります(ローマ人への手紙1:16,17;ガラテヤ人への手紙1:8)。福音はその宣教によって地上歴史の全ての必要を充足させます。バプテスマのヨハネは彼の説教で神の国が近づいたと宣言し(マタイによる福音書3:1,2)、初臨のための道を準備しました(ヨハネ1:22,23)。

今私たちは審判の時、キリストの再臨が近い時にあたって、この事件を全世界に知らせることを何よりも優先させなければなりません。しかもこの使命は私たちに永遠の命をもたらす福音として、その体験を持って伝えなければならないのです。

≪創造主を伏し拝むようにとの叫び≫

1.真の神様はあらゆる偽りの神々とどのように区別されますか?

あなたがたは彼らに、こう言わなければならない、「天地を造らなかった神々は地の上、天の下から滅び去る」と。主はその力をもって地を造り、その知恵をもって世界を建て、その悟りをもって天をのべられた。

エレミヤ書10:11,12

2.神様を伏し拝まなければならない理由は何ですか?

主は大いなる神、すべての神にまさって大いなる王だからである。地の深い所は主のみ手にあり、山々の頂もまた主のものである。海は主のもの、主はこれを造られた。またそのみ手はかわいた地を造られた。さあ、われらは拝み、ひれ伏し、われらの造り主、主のみ前にひざまずこう。

詩篇95:3~6

3.天の住民たちはなぜ神様を伏し拝みますか?

二十四人の長老は、御座にいますかたのみまえにひれ伏し、世々限りなく生きておられるかたを拝み、彼らの冠を御座のまえに、投げ出して言った、「われらの主なる神よ、あなたこそは、栄光とほまれと力とを受けるにふさわしいかた。あなたは万物を造られました。御旨によって、万物は存在し、また造られたのであります」。

ヨハネの黙示録4:10,11

4.神様はご自身の創造の力についてどのような記念碑を立てられましたか?

安息日を覚えて、これを聖とせよ。六日のあいだ働いてあなたのすべてのわざをせよ。七日目はあなたの神、主の安息であるから、なんのわざをもしてはならない。あなたもあなたのむすこ、娘、しもべ、はしため、家畜、またあなたの門のうちにいる他国の人もそうである。主は六日のうちに、天と地と海と、その中のすべてのものを造って、七日目に休まれたからである。それで主は安息日を祝福して聖とされた。

出エジプト記20:8~11

5.安息日は神様との関係においてどのような位置を占めていましたか?

わたしはまた彼らに安息日を与えて、わたしと彼らとの間のしるし(sign)とした。これは主なるわたしが彼らを聖別したことを、彼らに知らせるためである。

エゼキエル書20:12

≪全ての人々のための標準≫

1.神様の審判から逃れられる人がいますか?

なぜなら、わたしたちは皆、キリストのさばきの座の前にあらわれ、善であれ悪であれ、自分の行ったことに応じて、それぞれ報いを受けねばならないからである。

第二コリント5:10

2.神様の審判では何を基準にさばかれますか?

なぜなら、律法をことごとく守ったとしても、その一つの点にでも落ち度があれば、全体を犯したことになるからである。たとえば、「姦淫するな」と言われたかたは、また「殺すな」とも仰せになった。そこで、たとい姦淫はしなくても、人殺しをすれば、律法の違反者になったことになる。だから、自由の律法によってさばかるべき者らしく語り、かつ行いなさい。

ヤコブの手紙2:10~12

3.審判があることを覚えて人はどうしなければなりませんか?

事の帰する所は、すべて言われた。すなわち、神を恐れ、その命令を守れ。これはすべての人の本分である。神はすべてのわざ、ならびにすべての隠れた事を善悪ともにさばかれるからである。

伝道の書12:13,14

ノート: ヨハネの黙示録14章7節と伝道の書12章13節を比べるなら、神様に栄光を帰す方法はその戒めを守ることであることがわかります。審判の時が来た事を伝えるメッセージは同時に神様の戒めに従う義務を強調するものでもあります。

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