【聖句から学ぶ聖書】第43課 最後の審判

聖句から学ぶ聖書
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第43課 最後の審判

1.聖書は最後の審判があることをどのように述べていますか?

神は、このような無知の時代を、これまでは見過ごしにされていたが、今はどこにおる人でも、みな悔い改めなければならないことを命じておられる。神は、義をもってこの世界をさばくためその日を定め、お選びになったかたによってそれをなし遂げようとされている。すなわち、このかたを死人の中からよみがえらせ、その確証をすべての人に示されたのである。

使徒行伝17:30,31

2.パウロは審判がいつ行われると考えていましたか?

そこで、パウロが、正義、節制、未来の審判などについて論じていると、ペリクスは不安を感じてきて、言った、「きょうはこれで帰るがよい。また、よい機会を得たら、呼び出すことにする」。

使徒行伝24:25

3.どれほど多くの人々が審判を通過しなければなりませんか?

なぜなら、わたしたちは皆、キリストのさばきの座の前にあらわれ、善であれ悪であれ、自分の行ったことに応じて、それぞれ報いを受けねばならないからである。

第二コリント5:10

4.ソロモンはなぜ神様を恐れその命令を守るように言いましたか?

事の帰する所は、すべて言われた。すなわち、神を恐れ、その命令を守れ。これはすべての人の本分である。神はすべてのわざ、ならびにすべての隠れた事を善悪ともにさばかれるからである。

伝道の書12:13,14

5.ダニエルは審判のどのような光景を見ましたか?

わたしが見ていると、もろもろのみ座が設けられて、日の老いたる者が座しておられた。その衣は雪のように白く、頭の毛は混じりもののない羊の毛のようであった。そのみ座は火の炎であり、その車輪は燃える火であった。彼の前から、ひと筋の火の流れが出てきた。彼に仕える者は千々、彼の前にはべる者は万々、審判を行う者はその席に着き、かずかずの書き物が開かれた。

ダニエル書7:9,10

6.あらゆる人が何に対して審判を受けるのですか?

また、死んでいた者が、大いなる者も小さき者も共に、御座の前に立っているのが見えた。かずかずの書物が開かれたが、もう一つの書物が開かれた。これはいのちの書であった。死人はそのしわざに応じ、この書物に書かれていることにしたがって、さばかれた。

ヨハネの黙示録20:12

7.天の覚え書(記録の書)は誰のため、また何のために書かれていますか?

そのとき、主を恐れる者は互に語った。主は耳を傾けてこれを聞かれた。そして主を恐れる者、およびその名を心に留めている者のために、主の前に一つの覚え書がしるされた。

マラキ書3:16(ヨハネの黙示録20:12参照)

≪審判の光景≫

1.どなたが審判を行われますか?

わたしが見ていると、 もろもろのみ座が設けられて、日の老いたる者が座しておられた。その衣は雪のように白く、頭の毛は混じりもののない羊の毛のようであった。そのみ座は火の炎であり、その車輪は燃える火であった。

ダニエル書7:9

2.誰が神様に従い審判を補佐しますか?

彼の前から、ひと筋の火の流れが出てきた。彼に仕える者は千々、彼の前にはべる者は万々、審判を行う者はその席に着き、かずかずの書き物が開かれた。

ダニエル書7:10(ヨハネの黙示録5:11参照)

3.この時誰が父の前に導かれますか?

わたしはまた夜の幻のうちに見ていると、 見よ、人の子のような者が、天の雲に乗ってきて、日の老いたる者のもとに来ると、その前に導かれた。

ダニエル書7:13

4.キリストは父と御使たちの前でどのような人々を擁護されますか?

勝利を得る者は、このように白い衣を着せられるのである。わたしは、その名をいのちの書から消すようなことを、決してしない。また、わたしの父と御使たちの前で、その名を言いあらわそう。

ヨハネの黙示録3:5(マタイによる福音書10:32;マルコによる福音書8:38参照)

ノート:  この審判は神様の御座がある天で行われます。天でこの審判が行われている間、死んだ義人たちと悪人たちは相変わらず墓の中にいます。しかしそれぞれの人の生涯の記録は天の書にあり、あらゆる人の品性と行いはそこに明確に記録されています。そしてキリストを信じて眠っているすべての人が彼らの人生の記録のとおり審判を受け、天にふさわしいかどうか調査されます。また、生きている人の調査も行われます。その時、キリストはご自身を仲保者とした者たちのためにその場所に現れてくださいます(第一ヨハネ2:1)。キリストが彼らの罪を記録の書から消してくださいと訴えられる時、ご自身の聖なる血と彼らの悔い改めを示されます。そのようにキリストを信じ悔い改めて罪に勝利した人をご自身の所に迎えるためにキリストは再臨されるのです。

5.調査する審判によって王国の民が決定されたあと、キリストに何が与えられますか?

彼に主権と光栄と国とを賜い、諸民、諸族、諸国語の者を彼に仕えさせた。その主権は永遠の主権であって、なくなることがなく、その国は滅びることがない。

ダニエル書7:14

≪キリストの再臨≫

1.キリストは再臨される時、どのような立場で来られますか?

その着物にも、そのももにも、「王の王、主の主」という名がしるされていた。

ヨハネの黙示録19:16

2.キリストはその時人々に何に応じて報いを与えられますか?

人の子は父の栄光のうちに、御使たちを従えて来るが、その時には、実際のおこないに応じて、それぞれに報いるであろう。

マタイによる福音書16:27(ヨハネの黙示録22:12参照)

3.それからキリストはご自身の民をどこに連れていかれますか?

わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。

ヨハネによる福音書14:2,3

4.死んだ者たちは何のためによみがえりますか?

このことを驚くには及ばない。墓の中にいる者たちがみな神の子の声を聞き、善をおこなった人々は、生命を受けるためによみがえり、悪をおこなった人々は、さばきを受けるためによみがえって、それぞれ出てくる時が来るであろう。

ヨハネによる福音書5:28,29(使徒行伝24:15参照)

5.善人と悪人の復活の間にはどのくらいの時間がありますか?

また見ていると、かず多くの座があり、その上に人々がすわっていた。そして、彼らにさばきの権が与えられていた。また、イエスのあかしをし神の言を伝えたために首を切られた人々の霊がそこにおり、また、獣をもその像をも拝まず、その刻印を額や手に受けることをしなかった人々がいた。彼らは生きかえって、キリストと共に千年の間、支配した。(それ以外の死人は、千年の期間が終るまで生きかえらなかった。)これが第一の復活である。

ヨハネの黙示録20:4,5

≪審判する聖徒たち≫

1.ダニエルは聖徒たちのどのような幸いな結末を見せられましたか?

わたしが見ていると、この角は聖徒と戦って、彼らに勝ったが、ついに日の老いたる者がきて、いと高き者の聖徒のために審判をおこなった。そしてその時がきて、この聖徒たちは国を受けた。

ダニエル書7:21,22

2.聖徒たちは悪人の審判にどれだけ長い期間参加しますか?

また見ていると、かず多くの座があり、その上に人々がすわっていた。そして、彼らにさばきの権が与えられていた。また、イエスのあかしをし神の言を伝えたために首を切られた人々の霊がそこにおり、また、獣をもその像をも拝まず、その刻印を額や手に受けることをしなかった人々がいた。彼らは生きかえって、キリストと共に千年の間、支配した。

ヨハネの黙示録20:4

ノート: 「生きかえって…支配した」とは王として治めることであり、悪人たちがなぜ天国に受け入れられなかったのかが審判される期間と言う事ができます

3.聖徒たちは誰を審判することができますか?

それとも、聖徒は世をさばくものであることを、あなたがたは知らないのか。そして、世があなたがたによってさばかれるべきであるのに、きわめて小さい事件でもさばく力がないのか。あなたがたは知らないのか、わたしたちは御使をさえさばく者である。ましてこの世の事件などは、いうまでもないではないか。

第一コリント6:2,3

≪キリストが審判を実行なさる≫

1.審判は誰によってどのように行われますか?

その口からは、諸国民を打つために、鋭いつるぎが出ていた。彼は、鉄のつえをもって諸国民を治め、また、全能者なる神の激しい怒りの酒ぶねを踏む。

ヨハネの黙示録19:15

2.審判する権威がなぜキリストに与えられますか?

それは、父がご自分のうちに生命をお持ちになっていると同様に、子にもまた、自分のうちに生命を持つことをお許しになったからである。そして子は人の子であるから、子にさばきを行う権威をお与えになった。

ヨハネによる福音書5:26,27

3.審判の時が来たことを知った人々は何をしなければなりませんか?

わたしは、もうひとりの御使が中空を飛ぶのを見た。彼は地に住む者、すなわち、あらゆる国民、部族、国語、民族に宣べ伝えるために、永遠の福音をたずさえてきて、大声で言った、「神をおそれ、神に栄光を帰せよ。神のさばきの時がきたからである。天と地と海と水の源とを造られたかたを、伏し拝め」。ヨハネの黙示録14:6,7 ノート: 聖書には審判の三つの局面が言及されています。①再臨前の調査する審判、②再臨後の千年期の間にある、キリストと聖徒たちによる悪人と悪天使たちに対する審判、③執行する審判または千年期の終わりにある悪人たちの処罰です。①の調査する審判はキリストが来られる時、誰が第一の復活でよみがえる資格があるのか、生きている者たちの中で誰が天に受け入れられるのかを確認するためにキリストが来られる前、天で起こります。キリストが来られることと死んだ義人たちの復活の間には調査する時間がないので、このことは再臨前に行われる必要があります。またこの調査審判はヨハネの黙示録14章6,7節の御使のメッセージによって世界に宣べ伝えられる審判で、このメッセージを受け入れるかどうかで決定されます。③の悪人たちに臨む執行審判は千年期の間彼らの実体を聖徒たちが調査したあとに起こります(ヨハネの黙示録20:4,5;第一コリント6:1~3)。

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