【聖句から学ぶ聖書】第41課 長い預言的期間

聖句から学ぶ聖書
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第41課 長い預言的期間

(ダニエル8,9章2300の夕と朝)

1.ヨハネの黙示録14章7節にはどのような驚くべきメッセージが与えられましたか?

大声で言った、「神をおそれ、神に栄光を帰せよ。神のさばきの時がきたからである。天と地と海と水の源とを造られたかたを、伏し拝め」。

ヨハネの黙示録14:7

2.ダニエルに与えられたメッセージによると神様のさばきの時はいつですか?

彼は言った、「二千三百の夕と朝の間である。そして聖所は清められてその正しい状態に復する」。

ダニエル書8:14

ノート: 聖所についての続く章を研究するなら、大贖罪日に行われた聖所の清めは審判を含んでいることがわかります。ユダヤ人たちはそれをそのように理解していました。実際の2300年に該当する、2300の夕と朝の預言期間はダニエル7章9,10節に描写されている通り、天の聖所の清め、別の言葉で言うと、調査する審判が始まる時まで続きます。

3.なぜこの期間についてダニエルに十分に説明されませんでしたか?

われダニエルは疲れはてて、数日の間病みわずらったが、後起きて、王の事務を執った。しかし、わたしはこの幻の事を思って驚いた。またこれを悟ることができなかった。

ダニエル書8:27

ノート: 預言者はその期間が聖所の清めを指し示すことで終結する、彼の時代と後世に起きる大帝国と神様の民の迫害に関する幻を見ました。その時老年のダニエルは気絶し数日寝込みました。結果的に解き明かしは保留になり、預言者が回復するまで説明されませんでした。その幻とその部分的な説明は、ベルシャザルとその父ナボニダスの共同統治3年目に与えられました。そしてその期間についての解き明かしはバビロンの滅亡後ダリヨス元年に与えられました。

4.ダニエルは病から回復した後、何に彼の注意を向けましたか?

メデアびとアハシュエロスの子ダリヨスが、カルデヤびとの王となったその元年、すなわちその治世の第一年に、われダニエルは主が預言者エレミヤに臨んで告げられたその言葉により、エルサレムの荒廃の終るまでに経ねばならぬ年の数は七十年であることを、文書によって悟った。

ダニエル書9:1,2

ノート: ネブカデネザルはエホヤキム3年にエルサレムを包囲し(ダニエル書1:1)、エレミヤはエホヤキム4年に70年の捕囚生活について預言しました(エレミヤ書25:1,12)。これはダニエルと彼の同僚たちが捕囚された、ユダヤ人たちの第1回バビロン捕囚の時であることを意味します。エレミヤの70年預言は紀元前536年に終わるのでした。ペルシャ帝国の元年は紀元前538年に始まったので、回復期間はその時からわずか2年しか残っていませんでした。

5.捕囚から回復する時が近いことを知ったダニエルは何をしましたか?

それでわたしは、わが顔を主なる神に向け、断食をなし、荒布を着、灰をかぶって祈り、かつ願い求めた。

ダニエル書9:3

6.預言者は特別に何に関心を持ちましたか?

それゆえ、われわれの神よ、しもべの祈と願いを聞いてください。主よ、あなたご自身のために、あの荒れたあなたの聖所に、あなたのみ顔を輝かせてください。

ダニエル書9:17

≪ガブリエルが再び現われる≫

1.ダニエルが荒廃した聖所について祈った時、誰が現れましたか?

すなわちわたしが祈の言葉を述べていたとき、わたしが初めに幻のうちに見た、かの人ガブリエルは、すみやかに飛んできて、夕の供え物をささげるころ、わたしに近づき-

ダニエル書9:21

ノート: ダニエルがエルサレムの荒廃した聖所のために真剣に祈っていた時、天使ガブリエルがダニエル8章の預言の、解き明かされていなかった部分を説明する目的で預言者の所へ帰ってきたという理解が適切です。天使は彼に地上の象徴的な聖所とその未来について語っただけでなく、終わりの時に生きている者たちの益のために天の働きの場面も見せてくれました。

2.天使はダニエルに何を考えなさいと言いましたか?

わたしに告げて言った、「ダニエルよ、わたしは今あなたに、知恵と悟りを与えるためにきました。あなたが祈を始めたとき、み言葉が出たので、それをあなたに告げるためにきたのです。あなたは大いに愛せられている者です。ゆえに、このみ言葉を考えて、この幻を悟りなさい」。

ダニエル書9:22,23

ノート: 天使は第8章の預言を説明して去った、まさにその地点から解説を始めたということは確かです。なぜなら彼は新しい預言や新しい幻を紹介していないからです。「この幻を悟りなさい」。ヘブライ語でここに使われた定冠詞「この(the)」は明らかに前に言及した幻を指します。これは明らかに先の幻のことです。前回の2300の夕と朝の意味と期間は説明されていなかったので、天使は自然にその期間についての解き明かしから始めます。

3. 2300夕と朝預言のどの部分がユダヤ人に割り当てられましたか?

あなたの民と、あなたの聖なる町については、七十週が定められています。これはとがを終らせ、罪に終りを告げ、不義をあがない、永遠の義をもたらし、幻と預言者を封じ、いと聖なる者に油を注ぐためです。

ダニエル書9:24

ノート: 70週のうち、週と翻訳された言葉はユダヤ文学では7日とか7年の期間を示すために用いられました。そのためユダヤ人やクリスチャンの学者は、この個所を70×7=490日と理解しました。そこで70週である490日は1日=1年の預言解釈の原則により490年を表すことになるのです。

また、聖書のヘブライ語で「定められ」と翻訳された言葉は「切る」、「切り取る」、「定める」、「布告する」という意味を持っていました。ダニエル9章の70週は、8章の2300の夕と朝預言の一部であり、その中から切り取られたことで特別にユダヤ人たちに割り当てられた期間という事実に照らして、ここでは「切り取る」という意味が適切と思われます。

70週は「定められ」たり「切り取られ」ました。ここには二つの期間があります。第1は2300の夕と朝の期間であり、第2は70週の期間です。それらは二つともユダヤの民と聖所の回復と関連があります。なぜならユダヤ人たちは捕虜の状態にあったうえ、聖所は荒廃していたからです。したがって二つの期間は回復されることによって始まるのであり、しかも同時に始めなければならないものなのです。民と彼らの聖所に関わるユダヤの法律と政府の完全な回復は私たちが後に見るとおり、紀元前457年に成し遂げられました。したがって70週は2300年期間の一部であったうえ、それらはユダヤの民と彼らの聖所の働きに属する期間として「切り取」られたと言うのが妥当です。

4.70週期間の終わるころに何が成就されるのですか?

あなたの民と、あなたの聖なる町については、七十週が定められています。これはとがを終らせ、罪に終りを告げ、不義をあがない、永遠の義をもたらし、幻と預言者を封じ、いと聖なる者に油を注ぐためです。

ダニエル書9:24

ノート: 「とがを終らせ」=ユダヤ人たちはメシヤを拒絶し十字架につけることで彼らの罪悪の限度を満たすのでした。それ以来彼らは神様の特別な、選ばれた民としての働きは終了するのです。(マタイ21:38~43; 23:32~38; 27:25参照)

「罪に終りを告げ」=この一節についての最善の説明はへブル人への手紙9:26に出てきます。「しかし事実、ご自身をいけにえとしてささげて罪を取り除くために、世の終りに、一度だけ現れたのである」。

またローマ人への手紙8:3には次のように説明されています。「律法が肉により無力になっているためになし得なかった事を、神はなし遂げて下さった。すなわち、御子を、罪の肉の様で罪のためにつかわし、肉において罪を罰せられたのである」。

「永遠の義をもたらし」=これはキリストの義、キリストが私たちの身代わりとして罪の刑罰を受けられたことによって与えられる義を意味しています。それは信仰を通して悔い改めた信者に与えられるものです。

「いと聖なる者に油を注ぐためです」=ここで「いと聖なる者」と訳されたヘブライ語は人にではなく、聖所に対して使わるものです。「いと聖なる者」に油注ぐとは天の聖所に油注ぐことを示しています。その時キリストは「真の幕屋なる聖所で仕えておられる」者となられたのですが、その聖所は「人間によらず主によって設けられた」(へブル人への手紙8:2)ものでした。これは天の聖所におけるキリストの執り成しの働きの始まりを意味しています。

≪期間の始まり≫

1.天使は70週がいつ始まると言いましたか?

それゆえ、エルサレムを建て直せという命令が出てから、メシヤなるひとりの君が来るまで、七週と六十二週あることを知り、かつ悟りなさい。その間に、しかも不安な時代に、エルサレムは広場と街路とをもって、建て直されるでしょう。

ダニエル書9:25

ノート: 預言における70週は実際には490年の期間です。70週の中で69週(七週と六十二週)は「メシヤなるひとりの君」が来るまでの期間を表していました。メシヤはキリスト、すなわち油注がれた者です。メシヤはヘブライ語であり、キリストはギリシャ語で「油注がれたこと」を意味します。

2.イエス様はいつ聖霊の特別な油を注がれましたか?

皇帝テベリオ在位の第十五年、ポンテオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの領主、その兄弟ピリポがイツリヤ・テラコニテ地方の領主、ルサニヤがアビレネの領主、アンナスとカヤパとが大祭司であったとき、神の言が荒野でザカリヤの子ヨハネに臨んだ。彼はヨルダンのほとりの全地方に行って、罪のゆるしを得させる悔改めのバプテスマを宣べ伝えた。

ルカによる福音書3:1~3

さて、民衆がみなバプテスマを受けたとき、イエスもバプテスマを受けて祈っておられると、天が開けて、聖霊がはとのような姿をとってイエスの上に下り、そして天から声がした、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」。

ルカによる福音書3:21,22

3.この直後にイエス様はどの預言を引用してご自身に適用されましたか?

すると預言者イザヤの書が手渡されたので、その書を開いて、こう書いてある所を出された、「主の御霊がわたしに宿っている。貧しい人々に福音を宣べ伝えさせるために、わたしを聖別してくださったからである。主はわたしをつかわして、囚人が解放され、盲人の目が開かれることを告げ知らせ、打ちひしがれている者に自由を得させ-

ルカによる福音書4:17,18(マルコによる福音書1:15参照)

ノート: 69週(483年)は、キリストがバプテスマを受けられ公生涯を開始される時まで至るものでした。その時キリストは聖霊の油を注がれました。バプテスマのヨハネはティベリウス統治15年に彼の活動を開始しました(ルカによる福音書3:1~3)。したがってこれはイエス様がバプテスマを受けられ聖霊の油を注がれた時であるA.D.27年と定めることができます。

4.エルサレムを建て直せという命令はいつ下りましたか?

アルタシャスタ王の七年にまたイスラエルの人々および祭司、レビびと、歌うたう者、門衛、宮に仕えるしもべなどエルサレムに上った。そして王の七年の五月にエズラはエルサレムに来た。

エズラ記7:7~8

ノート: ユダヤ人たちを故郷に帰すためにペルシャの君主が三度勅令を下しました。それはエズラ記に言及されています。「彼らはイスラエルの神の命令により、またクロス、ダリヨスおよびペルシャ王アルタシャスタの命によって、これを建て終った。」(エズラ記6:14)

第1回目のクロスの勅令はただ神殿再建にだけ関するものでした。ダリウス・ヒスタスパスの勅令はスメルディスが阻止した建設を続けるようにしました。しかしアルタシャスタの勅令は、ユダヤの法律を施行する準備をさせることで完全なユダヤ政府を回復させました。したがって私たちはこの最後の勅令を2300の夕と朝と、70週預言の起算点として定めることができます。

このことができる権威を付与した、エズラに与えられたアルタシャスタの手紙はエズラ記7章11~26節に記録されています。

アルタシャスタの勅令は彼の統治7年に頒布されました。古代の年代記によればそれはB.C.457年秋になります。そこから483年がたつとA.D.26年秋になります。ところで、B.CからA.Dに移る時に、つまり、紀元前から紀元後に移る時には「0」年がないためB.C 1年からその次の年がA.D 1年となってしまい実際の計算では1年を足してAD27年となります。そうするとこの年はぴったりキリストがバプテスマを受けられたA.D.27年となるのです。

5.483年がA.D.27年に終わりますが、預言では一週あるいは490年の中の7年がまだ残っていました。その一週の中盤にどのようなことが成し遂げられなければなりませんでしたか?

彼は一週の間多くの者と、堅く契約を結ぶでしょう。そして彼はその週の半ばに、犠牲と供え物とを廃するでしょう。また荒す者が憎むべき者の翼に乗って来るでしょう。こうしてついにその定まった終りが、その荒す者の上に注がれるのです。ダニエル書9:27

ノート: 69週がA.D.27年秋に終わったので、70の週の半ば、つまり3年半はA.D.31年春になります。その時キリストは十字架につけられ、キリストが亡くなられることによって地上の聖所のいけにえと供え物制度が廃止されました。残りの三年半(7週の後半部)はA.D.34年秋に終わります。これは2300の夕と朝から「切り取られた」490年の終わりとなります。まだ1810年が残っているのですが、これをA.D.34年に加えると、1844年となります。

≪審判の始まり≫

1.天使はその時どんなことが起こるだろうと言いましたか?

彼は言った、「二千三百の夕と朝の間である。そして聖所は清められてその正しい状態に復する」。ダニエル書8:14

ノート: 言い換えるなら、地上のためのキリストの偉大な最後のわざ、つまり調査する審判はその時から始まるのです。イスラエルのための象徴としての大贖罪日は一年のうちのただ一日だけでした。しかしその実際の働きはすでに1世紀以上も続けられています。これは必ず終結させられるものです。その決定に対する準備ができている人は誰でしょうか?

2.さばきの時がきたとのメッセージはどのような象徴で強調されていますか?

わたしは、もうひとりの御使が中空を飛ぶのを見た。彼は地に住む者、すなわち、あらゆる国民、部族、国語、民族に宣べ伝えるために、永遠の福音をたずさえてきて-

ヨハネの黙示録14:6

ノート: ここではあらゆる国に伝えなければならない審判のメッセージとして、御使の象徴が使われています。ここでの御使とは、メッセンジャーである人間の代理者たちを表し、その人たちが裁きの時の到来について伝える大きな宗教運動を表しています。

3.さばきの時の到来に対して私たちは何をするように命じられていますか?

大声で言った、「神をおそれ、神に栄光を帰せよ。神のさばきの時がきたからである。天と地と海と水の源とを造られたかたを、伏し拝め」。

ヨハネの黙示録14:7

4.パウロはさばきの日の前にどうするように訴えていますか?

神は、このような無知の時代を、これまでは見過ごしにされていたが、今はどこにおる人でも、みな悔い改めなければならないことを命じておられる。神は、義をもってこの世界をさばくためその日を定め、お選びになったかたによってそれをなし遂げようとされている。すなわち、このかたを死人の中からよみがえらせ、その確証をすべての人に示されたのである。

使徒行伝17:30,31
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