【聖句から学ぶ聖書】第49課 獣の像がつくられる

聖句から学ぶ聖書
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第49課 獣の像がつくられる

≪別の獣の出現≫

1.黙示録13章の第一の獣である教皇権の頭はいつ傷を負いましたか?

1798年、教皇権はフランスのベルティエ将軍の指揮下で一時的に没落しました。(前課の大きな迫害の勢力参照)

2.預言者はその時何が上って来るのを見ましたか?

わたしはまた、ほかの獣が地から上って来るのを見た。それには小羊のような角が二つあって、龍のように物を言った。

ヨハネの黙示録13:11

ノート: 1754年に書かれたヨハネの黙示録13章11節の注釈で、ジョン・ウェスレーは二つの角を持った獣について次のように言いました。「彼はまだ現れていないが、それでも遠く離れているのではない。なぜなら彼は第一の獣の四十二か月が終わる頃現れなければならないからである」。Explanatory Notes Upon the New Testament(1891 ed.),Vol.3,p.299.

前の獣は「海」から上がってきましたが、それは当時存在していた国々の民の中から起こることを意味しています(ヨハネの黙示録17:15)。これに対してこの後の勢力は以前に「民族、群衆、国民、国語」がなかった「地」から上がってきます。教皇の勢力が致命的な傷を負った1798年に、西半球に位置するアメリカは、以前に民族、群衆、国民が占領したことのない地域から当時の唯一の大国として出現しました。この「1798年」より9年前にアメリカは国家の憲法を採択しました。したがって私たちはアメリカの中にこの預言の成就を見出すことができます。

アメリカの卓越した説教者であるタルメージ(De Witt Talmage)はヨハネの黙示録13章11節の本文を基礎に、「神様のためのアメリカ」という一つの説教をつくったのですが、小羊のような二つの角を持った獣をアメリカを指すとして解説しました。(『500 Selected Sermons』,Vol.2(1900),p.9.参照)

3.この新しい勢力の特徴は何ですか?

わたしはまた、ほかの獣が地から上って来るのを見た。それには小羊のような角が二つあって、龍のように物を言った。

ヨハネの黙示録13:11

ノート: この言葉の中にアメリカの特性がどれほど適切に描写されているでしょうか! 聖書で猛獣に描写された過去の国々は偏狭、迫害および圧制に満ちていました。それと対照的にアメリカは自由と平等と寛容の原則の上に建設されました。旧世界の患難を避けて逃げた人々は、旧大陸で受けたような試練が新世界で繰り返されることを強く警戒しました。アメリカを偉大にした市民と宗教の自由の原則はこの国を設立する時、国家の基本法の中に具体化されました。以下は、権利章典として知られるアメリカ憲法の第1修正条項から引用したものです。

第1項.「議会は宗教の設立やそれの自由な行事を禁止すること、あるいは言論や出版の自由を剥奪すること、または人々が平和に集まる権利と政府に不満の是正を請求することに関していかなる法律も制定しないだろう。」

第4項.「不当な査察と逮捕に反して彼らの人身と家と身分と財産を守る人々の権利は侵害されないだろう。」

第5項.「誰も同じ犯罪によって命や四肢が二度も危険に置かれないのであって、いかなる刑事事件に対しても自白するように強要されないし、法律の適当な手続きなく命や自由や財産を取られないし、正当な補償なく公共の使用のために私有財産を奪われもしないでしょう。」

このような原則のために人々は戦って死にました。政治人たちはこの国の歴史を通して彼らを勝ち取るために勇敢に戦いました。このような自由のために今日数百万の人々は自分の命までも犠牲にする覚悟ができています。

≪再び聞こえる龍の声≫

4.この勢力は小羊のように登場したのですが最終的にどうなりますか?

わたしはまた、ほかの獣が地から上って来るのを見た。それには小羊のような角が二つあって、龍のように物を言った。

ヨハネの黙示録13:11

ノート :龍の声とは不寛容と迫害の声です。宗教的迫害が良心の自由の上に建設されたこの国の、公明正大な記録に傷を与えるという思想は、アメリカ人の心に不愉快なことです。しかしこの国の全歴史を通して、まさに建国当初から先見の明がある政治家たちは、宗教的な独断を法のもとに強要する傾向が人類にはあまりにもありふれているので、具体的にそれに対して防御していない一つの予期しないところから積極的な迫害が起こりうることを認識していました。トーマス・ジェファーソンは、この国が出現した初期に次のように言いました。「時代の意識は変わることもあるし、変わるでしょう。私たちの統治者たちは腐敗することになるでしょうし、私たちの民は無関心になるでしょう。たった一人の狂信者が迫害をもたらすことができるし、もっとも善良な人々が彼の犠牲物となりえます。」—Notes on Virginia,Query XVII,in The Works of Thomas Jefferson(Ford ed.,1904~05),Vol.4,pp.81,82.

ユダヤ教ラビのモルデカイM.ノアに送る手紙で、ジェファーソンは次のように書きました。「貴下の宗派は苦難によってあらゆる宗派に固有の宗教的な不寛容の精神についての驚くべき証拠を提供してくれました。…私たちの法律は悪に対する解毒剤だけを適用しました。…しかし成し遂げなければならないことがもっと多く残っています。なぜなら私たちが仮に法律によっては自由になったとしても、実際にはそうではないからです。公衆の見解は宗教裁判所を作らせ、異教徒を処刑する炎をあげさせるほど狂信主義にその職務を遂行するのです」。—Letter to Mordecai M.Noah,May 28,1818,Thomas Jefferson Papers,Vol.213,p.37988,in Manuscript Division,Library of Congress.

高邁な政治家たちは国家の名誉のために、トーマス・ジェファーソンが国家の中にうごめく恐るべき精神を予見し阻止したと言います。しかしどんなアメリカ人も、誤った道に導かれた宗教指導者たちが、自分たちの宗教的な慣習を市民に強要する熱心な努力が行われたという事実に対して知らないふりをすることはできません。

5.この獣はどれほど大きな権力を行使しますか?

そして、先の獣の持つすべての権力をその前で働かせた。また、地と地に住む人々に、致命的な傷がいやされた先の獣を拝ませた。

ヨハネの黙示録13:12

ノート:「先の獣」—教皇ローマ-は、宗教的な問題において自分と違うほかの全ての人々を迫害する権威を行使しました。

6.人々を偽りの礼拝に追い込むためにどのような方法が使用されますか?

さらに、先の獣の前で行うのを許されたしるしで、地に住む人々を惑わし、かつ、つるぎの傷を受けてもなお生きている先の獣の像を造ることを、地に住む人々に命じた。

ヨハネの黙示録13:14

7.この権威は人々に何をするように提案しますか?

さらに、先の獣の前で行うのを許されたしるしで、地に住む人々を惑わし、かつ、つるぎの傷を受けてもなお生きている先の獣の像を造ることを、地に住む人々に命じた。

ヨハネの黙示録13:14

ノート: 「つるぎで傷を受けたのにまだ生きている」獣とは教皇権です。それは教会が支配する政治権力です。つまり政治権力を通して、財産の没収、投獄および死の脅威によって宗教的信条を強要する教会と国家の連合体です。この獣の像は、法律によって宗教を強要するために、政治的な権力を用いる別の教会組織-教会と国家の連合体-となるのです。

≪日曜日法令の擁護者たち≫

8.アメリカの歴史の中で宗教組織が宗教関連法案を通過させようとしたことがありますか?

国家改革協会(NRA),国際改革連合(IRF),アメリカ主日同盟(LDAUS)およびニューヨークの安息日委員会は日曜日法令を立法化しようと数年間努力しました。彼らはさまざまな市民グループの助けを得ていました。

9.その規約によると国家改革協会の目的は何ですか?

「この国がキリスト教国家であるということを提示し、政府のあらゆる法令と制度と慣習をキリスト教的な土台の上に乗せるようにアメリカ合衆国憲法を修正すること」。

—David McAllister,The National Reform Movement…A Manual of Christian Civil Government(1898 ed.),“Article Ⅱ of Constitution”,pp.15,16.

ノート: 国家改革協会の総監督兼クリスチャンステートメント誌の編集者はアメリカ憲法第1修正条項について次のような修正案を提出しました。

「世俗主義者たちの手から最も危険な武器を奪取する方法:この国の最高の成文法である連邦憲法を修正し、万国の主の御心が私たちの国家的生命の規準であり、私たちのあらゆる内的、外的、国家的そして国際的な問題などを扱うにあって私たちの国家的威厳の標準であることを明白に宣言するようにすることです。世俗主義者たちは現在の憲法が彼らの味方だと絶えず引用しながら、その中にはクリスチャンの慣習を保障するものは何もないと宣伝しています。私たちはこのようなたぐいの見解を除去し、それが憲法と完全に調和するようにしなければならないと、声を高めて根気強く要求しています。私たちの答えは『絶対にそのようになってはいけない』です。しかし、私たちはその代わりにそれが不文律と完全に調和できるように、成文化された文書を変更させて、私たちの国家的生活と特性で私たちが持っているすべてのクリスチャン的なことと、今もなおもう少し必要となっているそんな類のもののための、否認できない法的な土台を提供できるようにならなければなりません」-Christian Statesman,August,1921,p.25.

*一見、このような見解は賛成するだけの価値があるように見えます。しかし、もう少し綿密に調べてみると、それは自分たちと見解が違う全ての人々を迫害した過去の宗教指導者たちが使ったことと基本的に同一の理論であることが分かります。もし国家の法律が宗教的な戒律などを規制するなら、人は教会に出席したり、バプテスマを受けたり、聖職者を支援するためにお金を支払うように強要されうるでしょう。

10.このような協会はカトリック教会について何と言っているでしょうか?

「私たちは南アメリカの共和国やフランスやほかのヨーロッパの国家で、ローマカトリックはキリスト教の国教化を擁護する存在として認められていることと、あらゆる世俗主義の提案に反対しているという事実を心から喜んで認めます。…政治的な無神論が進捗することに抵抗し、彼らがみずから協力しようと言う時はいつでも、私たちはキリスト教の国教化のために、世界会議で彼らと喜んで提携するでしょう。しかも、それは遠くない日に開催されなければならず、多くの国々がただローマカトリックを代表するようになるでしょう。」—Editorial,Christian Statesman(official organ of the National Reform Association),Dec.11,1884,p.2.

11.教皇は全てのカトリック教徒が政府に対して何をするように命じましたか?

「あらゆる市民社会を私たちが思い描くキリスト教の形態に引き戻すために努力することが…その名前を持つ価値があり、教会の最も愛する子どもたちとして知られたいと願う全てのカトリック教徒たちの義務です」—The Great Encyclical Letters of Leo ⅩⅢ,“Encyclical Letter lmmortale Dei,Nov.1,1885”,p.132.

ノート: 1947年9月7日、教皇ピウス12世は「宗教と道徳分野で『反省と計画のための時間』は過去にあり、『行動のための時間』が到来しました」と宣言しました。彼は「宗教と道徳分野での戦いは五つの点にかかっています。宗教的な文化の発展、日曜日を聖とすること、クリスチャン家族の救い、社会的正義の実現、および取引での忠誠と信実さです」と言いました。-Evening Star(Washington,D.C.),Sept.8,1947.

1961年9月21日、教皇ヨハネ23世は、労働組合員たちが聞いている席で日曜日を休息の日として遵守することの正当性を訴えました。教皇はこのことは「社会の意識を変えて国家権力の仲裁を前提にするもの」だと言いました。

12.国際的な改革同盟の目的は何ですか?

「改革国(現在の改革同盟)はあらゆる教団の代わりに、政府に提言するために我が国の首都に最初に設立された『クリスチャン圧力団体』である」—History of the International Reform Bureau(1911),p.2.

ノート: 強制的な日曜日法を確立することがこのような組織体の主要目的の一つです。(上掲書、60~62ページ参照)

13.主日連盟の目的は何ですか?

「この組織はすべての可能な方法で日曜日を市民的制度に保全することを支援しようとします。私たちの国家的安全は、我がアメリカが安息日を維持することに全ての善良な市民たちの積極的な支援を要求します。日曜日法令は制定され強要されなければなりません」—Quoted as “Principles contained in the Constitution”of the original organization(then called the American Sabbath Union);cited in The Lord’s Day Alliance,Twenty-fifth Annual Report(1913),p.6.

14.アメリカのキリスト教会の同盟会議(アメリカのキリスト教会の国家協議会の前進)で言われた最初の目的のうちの一つは何ですか?

「主の日の主張と神聖性に対するあらゆる侵害は新聞を通して訴え、そして私たちアメリカのキリスト教の、このような砦を保護し保全することができる法律を制定するために、断固として推進しなければならない。」—Resolution passed in the first meeting of the Federal Council of the Churches of Christ in America(1908),in its first Biennial Report,p.103.

ノート: したがって日曜日遵守を強要するために作られる法律は、国を「キリスト教化」するために努力する、このような全ての組織の卓越した特徴です。こうすることで多くの人々は自分たちがキリスト教とプロテスタント教会とアメリカ憲法の原則を否認し、日曜日安息日-教皇権に由来するそのような権威の手中に陥っているということを悟ることができなくなります。

15.日曜日法を立法化するためのどのようなもっともらしい理由がありますか?

「その日は献身の目的にあまり邪魔にならないように捧げられるでしょう」。「忠誠を尽くす者たちの献身はあらゆる障害から自由になるでしょう」。Augustus Neander,General History of the Christian Religion and Church,Torrey translation(3rd American ed.),Vol.2,p.301.

ノート: 4世紀から5世紀にかけて、日曜日に行われたショーや劇などの主催者は「忠誠を尽くす者たちの献身」に不平を言って邪魔しました。なぜなら多くの教徒たちは教会の礼拝に参加することを優先したからです。したがって教会は国家が介入して法律によって日曜日遵守を奨励するように求めました。「このような方法で教会は自分の目的を追求するために国家から助けを受けた」とネアンダーは言います。-lbid.,pp.300,301.

教会と国家のこのような連合は教皇権が勢力を握るようにする役目を果たしました。今後、類似の過程が起きて同じ結果をもたらすでしょう。

「聖とされ律法の中におさめられた第7番目の日が、様々な理由で第1日目に変更され福音書で認められたという根拠のない仮定のもとに、安息日を聖とし神様に栄光を帰すという目的のために与えられたものが、有害な法律として制定されました。実に知者と呼ばれるような人々が、目的を成し遂げるためにためらわず聖書を歪曲し、大衆の無知に訴えるでしょう。そのような行動はどんなに良い目的のためであっても正当なものではありません。このような誤謬は教会と国家の不正な連合に起源を置き、そのような圧制的な制度の遺産です。…現在の慣例に照らすと、いわゆる安息日法令と呼ばれるものは聖書の安息日には全く適用されず、一週間の第一日目に適用されます。そのような立法の実質的な結果は一般的に聖なる戒めを無効化させて、その座に人間の法令を置くものです。そのような立法がもたらす結果は、聖なる律法も人間の法令によって変更されたり修正されうるという立場を生むということです。安息日に関する神様の律法は、政府が制定したいわゆる日曜日法令によって無効化されるということが今日の多くの人々の考えです。そのような法律は主の権威を軽視しているのです」—J.J.Taylor(Baptist),The Sabbatic Question(New York:Fleming H.Revell,1914),pp.51,52,58.(See pages 415~418,432~436,439~443 in Bible Readings for statements by writers of various denominations.)

≪初期と現代の日曜日法令≫

16.これまでのアメリカの国家的な日曜日法令はどのようなものでしたか?

「我がアメリカのほとんど全ての歴史で、教会は安息日のきまりを作って改善するように各州に影響力を行使してきた」—W.R.Crafts,in Christian Statesman,July 3,1890,p,5.

ノート: このような日曜日法令は植民地を建設する時存在した、教会と国家の完全な連合の残存物です。「そのような規則(1723年メリーランドの日曜日法令)は多くの植民地に蔓延していた宗教的に偏狭な制度の副産物でした」—Decision of Court of Appeals of the District of Columbia,Jan.21,1908,in Washington Law Reporter,Feb.14,1908,p.103.

アメリカの植民地(バージニア、1610年)において強要された最初の日曜日法令は教会出席を要求し、三度違反する場合死を宣告しました。[See Peter Force,Tracts Relating to the Colonies in North America(1844 ed.),Vol.3,No.2,p.11].

17.なぜ国家的な日曜日法令が要求されますか?

「国家的な日曜日遵守法は、国の規則として完全で効果的なものとなるようにするために必要です」と主唱者たちは言います。

ノート: 宗教的な礼拝日遵守を強要する国家の規則は、植民地時代の教会と国家の連合の遺物です。しかし市民生活と宗教の自由という、その基本原則が小羊のような二つの角によって象徴されている国は、それが全国規模で宗教的な要求を強要するほどに、教会と国家の分離を放棄することで最初の「獣の像」を制定するまでは「先の獣の持つすべての権力」を行なわず、人々に「致命的な傷がいやされた」「先の獣を拝」むように要求しません。

18.預言者は教会と政治が結託したこの第2番目の勢力が全ての人々に何を強要すると言いますか?

また、小さき者にも、大いなる者にも、富める者にも、貧しき者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々に、その右の手あるいは額に刻印を押させ-

ヨハネの黙示録13:16

ノート: 黙示録13:17で「獣の…刻印」と呼ばれるこの刻印は黙示録7:2に出てくる「生ける神の印」と対照的なものです(ヨハネの黙示録14:9,10)

19.全ての人にこの刻印を強要するためにどのような手段が使われますか?

この刻印のない者はみな、物を買うことも売ることもできないようにした。この刻印は、その獣の名、または、その名の数字のことである。

ヨハネの黙示録13:17

ノート: つまりこの刻印を拒絶する全ての人は、取引したり売買する権利と自由を留められたり拒否されるようになり、最低限の市民生活を送ることもできなくされるのです。

20.何が獣の刻印、教皇権の刻印となるのでしょうか?

第4条の戒めとして神様が下さった安息日(第七日目)を無視しカトリック教会の権威によって置き換えられた日曜日を守る事。

ノート: 問:(ローマカトリック)教会が季節行事と聖日を命じる権威を持っていることをどのように証明しますか?

答:安息日を日曜日に変えたまさにその行為によってです。それについてはプロテスタント教徒たちも認めています。したがって彼らは厳格に日曜日を守りながら、同一の教会が命じた大部分のほかの季節行事を犯すことで自ら矛盾しているのです。-Henry Tuberville,An Abridgement of the Christian Doctrine(reprint,1833),p.58.

したがって、獣の刻印とは神様の真の安息日に反対する偽りの安息日です。

21.日曜日礼拝はローマの権威(最初の獣)から由来したものです。人々が偽りと知りながらも強制的な日曜日法令を尊重し、聖書の安息日の代わりに日曜日を守る事を選択するなら、彼らは誰に忠誠を表すこととなりますか?

あなたがたは知らないのか。あなたがた自身が、だれかの僕になって服従するなら、あなたがたは自分の服従するその者の僕であって、死に至る罪の僕ともなり、あるいは、義にいたる従順の僕ともなるのである。

ローマ人への手紙6:16

ノート: 「プロテスタント教徒たちが日曜日を遵守することは、自分も知らずに(カトリック)教会の権威に忠誠を表すのである」—Lous Segur,Plain Talk About the Protestantism of Today(1868 ed.),p.213.

これまで知らずに日曜日を安息日として良心的に遵守してきた人たちがいました。それらの人々は、良心に従って安息日を守った者として神様に疑う余地なく嘉納されるのです。なぜなら、真理の光が来た時、それに不服従な時にだけ罪が成立するからです(ヨハネの福音書9:41;15:22;使徒行伝17:30)。

22.キリストは国家に対する私たちの義務をどのように言われましたか?

彼らは「カイザルのです」と答えた。するとイエスは言われた、「それでは、カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」。

マタイによる福音書22:21

ノート: 安息日は本来神様に属するものです。したがってその遵守はただ神様にだけ捧げなければなりません。

23.人々を惑わし正しい信仰から離れさせるためにどのようなしるしが行われますか?

また、大いなるしるしを行って、人々の前で火を天から地に降らせることさえした。

ヨハネの黙示録13:13

ノート: エリヤ時代にはバアル崇拝に対する戦いにおいて、誰が真の神様なのかを決めるテストがありました。その時は、火によって答える方が真の神様でした(列王紀上18:24)。しかし、地上歴史の最後の時代のテストにおいては、人々に偽りの礼拝を信じさせるためにサタンが天から火を降らせることさえするのです。その欺瞞を見分けるポイントは、そのようなことを行う者たちの生活がみ言葉と一致しているか、特に、神様の戒めを重んじているか、その品性が愛と謙遜と柔和の実を結んでいるかによって判断されます。

24.獣の像を拝むように強要する努力がどれほど具体的に進められますか?

それから、その獣の像に息を吹き込んで、その獣の像が物を言うことさえできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。

ヨハネの黙示録13:15

≪神様の民が救いを受けること≫

25.この闘争で神様は最終的にご自身の民にどのような救いをもたらしてくださいますか?

またわたしは、火のまじったガラスの海のようなものを見た。そして、このガラスの海のそばに、獣とその像とその名の数字とにうち勝った人々が、神の立琴を手にして立っているのを見た。

ヨハネの黙示録15:2

26.彼らはどのような歌を歌いますか?

彼らは、神の僕モーセの歌と小羊の歌とを歌って言った、「全能者にして主なる神よ。あなたのみわざは、大いなる、また驚くべきものであります。万民の王よ、あなたの道は正しく、かつ真実であります。

ヨハネの黙示録15:3

27.モーセの歌とは何ですか?

圧制から救われる歌(出エジプト記15章参照)

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