【聖句から学ぶ聖書】第23課 自分を捧げること(Consecration)

聖句から学ぶ聖書
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第23課 自分を捧げること(Consecration)

1.どのような行動によってアロンとその息子たちは祭司職として区別されましたか?

あなたはアロンとその子たちに油を注いで、彼らを聖別し、祭司としてわたしに仕えさせなければならない

出エジプト記30:30

ノート:神聖化(Consecration)-神聖なものに用いるために普通のものから分離させる行為や意識、または、人やある物を神を礼拝するために捧げ専念させること。献納する。-ウェブスター

2.神様の民は何と呼ばれていますか?

しかし、あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民である。それによって、暗やみから驚くべきみ光に招き入れて下さったかたのみわざを、あなたがたが語り伝えるためである。

第一ペテロ2:9

3.選ばれた民となる前はどうでしたか?

あなたがたは、以前は神の民でなかったが、いまは神の民であり、以前は、あわれみを受けたことのない者であったが、いまは、あわれみを受けた者となっている。

第一ペテロ2:10

4.彼らはどのような中から召されましたか?

しかし、あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民である。それによって、暗やみから驚くべきみ光に招き入れて下さったかたのみわざを、あなたがたが語り伝えるためである。

第一ペテロ2:9

5.どのような人が神様に聖別された人でしたか?

しかしあなたがたは知るがよい、主は神を敬う人をご自分のために聖別されたことを。主はわたしが呼ばわる時におききくださる。

詩篇4:3

6.人はどのような行為を通して主を受け入れたことを公にしますか?

キリストに合うバプテスマを受けたあなたがたは、皆キリストを着たのである。

ガラテヤ人への手紙3:27

7.主は人が魂の休みを得るために何をすることを望まれますか?

すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。

マタイによる福音書11:28-29

ノート: キリストの弟子になろうとする人は、キリストから学ぶ者となります。キリストを信じる人とは、その全生涯を通して聖書に表されたキリストに学ぶ者です。彼はキリストの学校に入学したのであり、恵みの期間が閉ざされる時まで卒業はありません。キリストを愛するゆえに絶えず聖書を学ぶ人だけが成長することができます。

8.キリストに学び、キリストの弟子になりたい人は、喜んで何をあきらめなければなりませんか?

「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命までも捨てて、わたしのもとに来るのでなければ、わたしの弟子となることはできない」。

ルカによる福音書14:26

ノート: マタイによる福音書10:37で「わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない」と言われた言葉に上記の「捨てて」の本当の意味がよく説明されています。神様は人に命も健康も財産も家族も、全てのものを与えて下さる方です。しかし神様は、人がご自身に仕えることを全ての世俗的で利己的な問題より優先させなさいと言われます。神様は二つの心を持ったままの人を受け入れることはできません。世俗的な物に愛着をおいた心を神様は受け入れることができません。なぜならそのような人は、ロトの妻のようにいつかは神様を裏切るからです。私たちはキリストがどこに導かれてもついていかなければなりません。私たちはキリストと交わることを世の何物よりも尊いものと思わなければなりません。最終的にキリストは、あなたは私と世とどちらを選ぶのかと尋ねられます。神様はご自身に対する絶対的な心の従順と愛を求められます。もしあなたが友人や家族、この世の物をキリストよりももっと愛するなら、あなたは私にとって無価値だとキリストは言われます。

9.救い主は弟子になる条件として何を提示されましたか?

それと同じように、あなたがたのうちで、自分の財産をことごとく捨て切るものでなくては、わたしの弟子となることはできない。

ルカによる福音書14:33

10.キリストを受け入れるなら、どんなことが起こるだろうと言われましたか?

わたしがきたのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。そして家の者が、その人の敵となるであろう。

マタイによる福音書10:35-36

11.なぜ全世界がクリスチャンを憎むことで連合するのですか?

もしあなたがたがこの世から出たものであったなら、この世は、あなたがたを自分のものとして愛したであろう。しかし、あなたがたはこの世のものではない。かえって、わたしがあなたがたをこの世から選び出したのである。だから、この世はあなたがたを憎むのである。

ヨハネによる福音書15:19

12.キリストに従う者たちはキリストとどれほど密接に結びつきますか?

わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。

ヨハネによる福音書15:5

13.もし人がキリストのような実を結ばないなら、どのような結論を下すことになりますか?

しかし、神の御霊があなたがたの内に宿っているなら、あなたがたは肉におるのではなく、霊におるのである。もし、キリストの霊を持たない人がいるなら、その人はキリストのものではない。

ローマ人への手紙8:9

14.人がキリストの霊を持つなら、どのような実を結ぶことになりますか?

しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。

ガラテヤ人への手紙5:22-23

15.このような実を結ぶために何をしなければなりませんか?

キリスト・イエスにあっていだいているのと同じ思いを、あなたがたの間でも互に生かしなさい。

ピリピ人への手紙2:5

16.キリストの思いとは何ですか?

かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。

ピリピ人への手紙2:7-8

17.もし人がキリストの中にいるならば、彼はどのように歩かなければなりませんか?

「彼におる」と言う者は、彼が歩かれたように、その人自身も歩くべきである。

第一ヨハネ2:6

18.神様が尊い約束を私たちに下さった目的は何ですか?

また、それらのものによって、尊く、大いなる約束が、わたしたちに与えられている。それは、あなたがたが、世にある欲のために滅びることを免れ、神の性質にあずかる者となるためである。

第二ペテロ1:4

19.私たちの心だけではなく何も神様のものですか?

あなたがたは知らないのか。自分のからだは、神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって、あなたがたは、もはや自分自身のものではないのである。

第一コリント6:19

20.私たちの体は誰のものですか。そうだとすれば何をしなければなりませんか?

あなたがたは知らないのか。自分のからだは、神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって、あなたがたは、もはや自分自身のものではないのである。あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ。それだから、自分のからだをもって、神の栄光をあらわしなさい。

第一コリント6:19-20

ノート: 私たちの体も時間も力も財産も神様のものであり、神様に奉仕することに捧げられなければなりません。

21.人が全的に自分を捧げた時、どのように言うことができますか?

わたしはまた主の言われる声を聞いた、「わたしはだれをつかわそうか。だれがわれわれのために行くだろうか」。その時わたしは言った、「ここにわたしがおります。わたしをおつかわしください」。

イザヤ書6:8

ノート: 神様に自分を捧げた人は世の人々の声より神様のみ言葉にもっと注意するようになります。たとえ父、母、兄弟姉妹、夫や妻との関係が断絶されるようなことがあったとしても、彼はまず聖書のみ言葉が示している方向に進むのです。

22.ダビデは神様の僕としての自分をどのように表現しましたか?

見よ、しもべがその主人の手に目をそそぎ、はしためがその主婦の手に目をそそぐように、われらはわれらの神、主に目をそそいで、われらをあわれまれるのを待ちます。

詩篇123:2
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