【聖句から学ぶ聖書】第16課 悔い改め(Repentance)と告白(Confession)

聖句から学ぶ聖書
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第16課 悔い改め(Repentance)と告白(Confession)

1.キリストはどのような人に悔い改めを呼びかけられましたか?

わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである。

ルカによる福音書5:32

2.人は自分が罪人であることをどのようにして知りますか?

なぜなら、律法を行うことによっては、すべての人間は神の前に義とせられないからである。律法によっては、罪の自覚が生じるのみである。

ローマ人への手紙3:20

3.罪人にはどのような結末が迫ってきますか?

あなたがたは、だれにも不誠実な言葉でだまされてはいけない。これらのことから、神の怒りは不従順の子らに下るのである。

エペソ人への手紙5:6

4.人は何によって罪の状態を認識するように導かれますか?

それがきたら、罪と義とさばきとについて、世の人の目を開くであろう。

ヨハネによる福音書16:8

5.罪を悟った人はどんな切実な質問をしますか?

人々はこれを聞いて、強く心を刺され、ペテロやほかの使徒たちに、「兄弟たちよ、わたしたちは、どうしたらよいのでしょうか」と言った。

使徒行伝2:37

6.この質問に対する答えは何ですか?

すると、ペテロが答えた、「悔い改めなさい。そして、あなたがたひとりびとりが罪のゆるしを得るために、イエス・キリストの名によって、バプテスマを受けなさい。そうすれば、あなたがたは聖霊の賜物を受けるであろう」。

使徒行伝2:38

ふたりが言った、「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます」。

使徒行伝16:31

7.罪を悟った人はどのように行動しなければなりませんか?

わたしは、みずから不義を言いあらわし、わが罪のために悲しみます。詩篇38:18

8.神様の御心に沿った悲しみは人をどのように導きますか?

神のみこころに添うた悲しみは、悔いのない救を得させる悔改めに導き、この世の悲しみは死をきたらせる。

第二コリント7:10

ノート: 悔い改めは神様の御心にそった悲しみの結果であって原因ではありません。

9.別の種類の悲しみとはどのようなものですか?

神のみこころに添うた悲しみは、悔いのない救を得させる悔改めに導き、この世の悲しみは死をきたらせる。

第二コリント7:10

ノート: 世の悲しみとは自己を憐れ気持ちの結果であり、罪人は自分が罪を犯したことよりもその罪が暴露されることや刑罰のことを恐れます。

10.本当の悔い改めは何を含んでいますか?

それゆえ、イスラエルの家よ、わたしはあなたがたを、おのおのそのおこないに従ってさばくと、主なる神は言われる。悔い改めて、あなたがたのすべてのとがを離れよ。さもないと悪はあなたがたを滅ぼす。あなたがたがわたしに対しておこなったすべてのとがを捨て去り、新しい心と、新しい霊とを得よ。イスラエルの家よ、あなたがたはどうして死んでよかろうか

エゼキエル書18:30,31

あなたがたは主にお会いすることのできるうちに、主を尋ねよ。近くおられるうちに呼び求めよ。悪しき者はその道を捨て、正らぬ人はその思いを捨てて、主に帰れ。そうすれば、主は彼にあわれみを施される。われわれの神に帰れ、主は豊かにゆるしを与えられる。イザヤ書55:6,7

11.悔い改めた後はどのように生きなければなりませんか?

では、わたしたちは、なんと言おうか。恵みが増し加わるために、罪にとどまるべきであろうか。断じてそうではない。罪に対して死んだわたしたちが、どうして、なお、その中に生きておれるだろうか。

ローマ人への手紙6:1,2

12.罪を犯す者は誰の僕ですか?

罪を犯す者は、悪魔から出た者である。悪魔は初めから罪を犯しているからである。神の子が現れたのは、悪魔のわざを滅ぼしてしまうためである。

第一ヨハネ3:8

13.神様は真に罪を悔い改める人をどう見てくださいますか?

主は言われる、「わが手はすべてこれらの物を造った。これらの物はことごとくわたしのものである。しかし、わたしが顧みる人はこれである。すなわち、へりくだって心悔い、わが言葉に恐れおののく者である」。

イザヤ書66:2

14.自分の罪を告白する者たちにはどのような約束が与えられましたか?

もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる。

第一ヨハネ1:9

ノート: 完全な救いの祝福を得るために全ての知っている罪を告白しなければなりません。

15.私たちは何によって罪から清められますか?

しかし、神が光の中にいますように、わたしたちも光の中を歩くならば、わたしたちは互に交わりをもち、そして、御子イエスの血が、すべての罪からわたしたちをきよめるのである。

第一ヨハネ1:7

16.私たちは誰に向かって悔い改めなければなりませんか?

ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神に対する悔改めと、わたしたちの主イエスに対する信仰とを、強く勧めてきたのである。

使徒行伝20:21

17.主にだけ罪を告白すればいいのでしょうか?

だから、互に罪を告白し合い、また、いやされるようにお互のために祈りなさい。義人の祈は、大いに力があり、効果のあるものである。ヤコブの手紙5:16

ノート: 全ての罪は神様に告白しなければなりません。なぜならどんな小さな罪も神様には悲しみとなるからです。また、誰かに罪を犯した場合、その傷を与えた当事者に罪を告白して許しを願わなければなりません。

18.人はどのようにして罪に死ぬことができますか?

わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。

ローマ人への手紙6:6

19.改心後も残っていて捨て去らなければならない肉の性質は何ですか?

しかし今は、これらいっさいのことを捨て、怒り、憤り、悪意、そしり、口から出る恥ずべき言葉を、捨ててしまいなさい。互にうそを言ってはならない。あなたがたは、古き人をその行いと一緒に脱ぎ捨て

コロサイ人への手紙3:8-9

このように、あなたがたはキリストと共によみがえらされたのだから、上にあるものを求めなさい。そこではキリストが神の右に座しておられるのである。あなたがたは上にあるものを思うべきであって、地上のものに心を引かれてはならない。

コロサイ人への手紙3:1-2

20.私たちは誰に信仰を働かせなければなりませんか?

ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神に対する悔改めと、わたしたちの主イエスに対する信仰とを、強く勧めてきたのである。

使徒行伝20:21

ノート: 悔い改めは「神様に対して」なされなければなりません。なぜなら人間は神様の聖なる律法を犯すことで、神様に対して罪を犯したからです(第一ヨハネ3:4;7:7-12)。そして、信仰は「私たちの主イエス・キリストに対して」働かせなければなりません。なぜなら罪人が救われるために眺めるべき方は清くて、いつも祝福を与えてくださる方だからです。(使徒行伝4:12)

罪人が信仰の目で無限の愛と無限の犠牲によって、彼らに救いの道を開かれたイエス様を眺める時、罪がどれほど恐ろしいものであるかを悟らされるのです。もし人が聖霊の訴えと導きに屈服し、完全に自己を十字架につけるなら、真の悔い改めをすることになります。そのような人は「世の罪を取り除く神の小羊」の功績を自分のものとして喜ぶことができるのです。(ヨハネによる福音書1:29)

人が救いに至る悔い改めをするためには、神様の恵みと人間以上の聖なる力が必要です。どのようにこの恵みと力を得ることができるでしょうか?「私から離れては何一つできない」と言われた方を信じることを通してです。(ヨハネによる福音書15:5)。

救いは真の悔い改めを通してのみ与えられますが、そのような悔い改めは、信仰によらなければできません。上記の聖句で「神に対する悔改め」に接続詞「と」がついて「わたしたちの主イエスに対する信仰」が並行して書かれています。私たちがキリストに対する信仰によって生きた信仰を働かせ続ならば、「悔い改めにふさわしい実を結」(マタイ3:8)ぶようになるのです。本当に罪を悔いた結果はそうなるのです。

自分の罪を悔い改めない人は、救いを得ることはできません。しかし、人が悔い改めて許されることを強く願い、罪から救われ義と認められるなら、子たる身分を授ける霊を受けて、最終的な救いの望みを持つことができるようになります。

21.人が本当に悔い改めたとことをどのように証明することができますか?

だから、悔改めにふさわしい実を結べ。マタイによる福音書3:8

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